死産の意味

 

 

ココの死産にどんな意味があったのか。それを考えることを、今はすっかりやめてしまった。むしろ、意味なんてないと知りながらどうしてそれを必死に探し続けていたのかを、最近よく考える。

 

ココが亡くなったことは誰の意思でもないし、何かの取引の結果でもない。だからそこに意味なんてものは最初から“ありえない”。それでもその時ボクの心に空いてしまった空洞はあまりに大きくて、圧倒的で、ほんの少し気を抜いただけでそれに押しつぶされそうなほど強力なものだった。ボクは自分を守るために、「意味」と言う名前の(できるだけポジティブな)何かでそれを埋めようとしたんだと思う。

 

今、ボクはその空洞を埋めようとは思わない。それはもうボクを押しつぶそうとはしないし、ボクの中で適切なサイズになって、然るべき場所に納まっている。それが悲嘆と絶望のカタマリであることには変わりないけど、ボクはそれを抱えて生きていくつもりにしている。

 

ポジティブじゃなくていい。

悲しくていい。

 

それがボクの中の嘘偽りないココなのだから、そのままでいい。

 

今はそう思う。

 

 

 

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