「育てたい」とおもうこと

 

「いや~ホント毎日退屈っすわ。仕事終わって、帰って子守して、そのうち疲れて寝ちゃって。毎日毎日それの繰り返しなんすよ。なんか変化が欲しいっすわ~」

 

20代後半。2人の子持ち。結婚妊娠出産すべて順当、な後輩(男)のはなし。

 

そっか、コイツにはわかってないんだな。

子育てしてるってことが、すでに大きな変化の中にいるんだって。

 

友達と飲み歩いたり、自分のもの買ったり、旅行に行ったり。子育てしだしてからできなくなったたくさんのことが、コイツにとっての「変化」なんだと思う。でもそれはごく短期的な変化であって、10年後、20年後の自分を変えてくれるものじゃ、多分ない。

 

子供のいない将来を考えた時、いつもボクはとても不安になる。

10年後、20年後、そして死ぬときに、こう思うんじゃないかと。

 

「ボクは結局今まで、何をしてきたんだろう?」

 

 

子供を育てるということは、確実に将来の自分を変えてくれるものだと思う。

10歳の子どもは10年間、20歳の子どもは20年間、自分がその子をがんばって育ててきたことを“確か”に証明してくれる。その子の存在自体が、自分が長い時間かけて積み上げていくことの確実な成果になってくれる。普通、そんな仕事に巡り合えることなんてなかなか無い。

 

「育てたい」と思うことは、自分の生活や人生に“確か”な価値を見出したいということでもある。それはまぁエゴっちゃあエゴなのかもしれないけど、前向きなモチベーションになるのであれば悪いことじゃないとボクは思う。

 

不妊治療、不育治療、養子縁組、里親制度。

「育てたい」と思う人たちに、もっと多くの可能性と選択肢が広がることを願います。

 

 

 

次回は「ツイッターはじめました。」です。


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