「あれ…?」
分娩監視装置のココの心拍の数値が、さっきまでの150台から90近くに落ちていました。
助産師さんは急いで奥さんの脈をはかりました。でも奥さんの脈ではない。やっぱりココの心拍がおかしい。
ナースコールで応援を呼び、素早く奥さんに酸素マスクがつけられました。
病室に飛び込んでくる当番の先生と応援のスタッフさんたち。
「今からすぐ内診します!旦那さんは外で待ってて!」
部屋を出されたボクは、バタバタとした中の様子をうかがっていました。
あれ…?
なに…?
なにがおこってるんだ…?
主治医の先生と麻酔科の先生も駆けつけて部屋に入っていきました。
「緊急の帝王切開になります!旦那さん、急いで同意書にサインして!」
渡された何枚かの同意書。ボクは内容を確認する間もなく自分の名前を書き殴りました。
瞬く間に、奥さんを乗せたベッドは大勢の先生やスタッフさんに囲まれながら、手術室につながるエレベーターホールへ運ばれて行きました。
「がんばって!」
と叫ぶボクの声は、苦しそうにお腹を抱える奥さんには聞こえていないようでした。
ベッドのなくなった病室。残されたボクたちの荷物。
「手術は2時間ほどで終わります。旦那さまは待合室でお待ちになっていてください」
案内された待合室で
ボクはひとりで座っていました。
手術室の方向に、1台の保育器が運ばれて行くのが見えました。
あれは…
もしかしたらココのためのものだろうか?
ココはNICU(新生児集中治療室)に入らなければいけないのだろうか?
あぁ、かわいそうにな。
それでも
どうか
助かってほしい。
どうか
生きていてほしい。
待合には他に、お産を待っているのであろう1組のご家族がいました。
おじいちゃんと
おばあちゃんと
ちいさな男の子と
そして、
旦那さんらしき若い男性。
しあわせそうに。
たのしそうに。
あぁどうして
ボクたちはこんなにうまくいかないんだろう。
どうして
あの人たちみたいになれないんだろう。
大声をあげて泣き出すのをこらえるのに精一杯でした。
どのくらい時間が経ったのかわかりません。
病棟の看護師さんがボクを呼びに来ました。
「個室の病室を用意しましたので、そちらでお待ちください」
個室を用意した。それがいったいどういう意味なのか、その時のボクにはわかっていませんでした。
「13.死産」へつづく