17.お葬式の準備

 

お見舞いにきてくれた義母に奥さんのことを任せて、ボクはココのお葬式の準備をはじめました。

ボクたちは葬儀屋に任せた格式ばったものではなく、ボクたちらしい方法でココを見送ってやりたいと考えていました。

担当の看護師さんから必要な手続きの説明を受け、「死産証明書」(そんな書類があることすら知らなかった)を受け取りました。

 

今日すべきことをリストアップしていき、効率よく処理できるに並び替え、必要な物を考えました。

こんなことは理系男子のボクが一番得意とすることだ。いつもどおり、うまくやれるはずだ。

でもその日は、自分でもおどろくほどに頭が回っていませんでした。

 

まずボクは役所に行って、死産証明書を提出しました。窓口の人に「火葬の日取りはいつにされますか?」と聞かれたとき、ボクは頭が真っ白になって言葉が出なくなった。

 

あ…あの…えっと…

 

少し考えさせてくださいと言って待合のソファに座りました。全然考えがまとまらない。いつがいいのかなんて見当もつかない。ココの火葬をいつにするかなんて。

結局、奥さんの退院が早ければ6日後と聞いていたことを思い出し、火葬を6日後でお願いしました。

 

火葬場とお寺(ダイチを供養してもらった、あの大切なお寺)に電話し、時間調整など細かい打ち合わせをしました。

 

お葬式は家族兄弟だけでささやかにと思っていました。みんなで食事をする店には、堅苦しい会席料理店などではなく、明るくてオシャレなフランス料理店を選びました。

 

そして仏具店に行ってココのための骨壺を買いました。

仏具店においてある骨壺にはバリエーションなんかなくて、真っ白な陶器製の、いかにもな壺がサイズ違いであるだけ。適当なサイズを選ぶと値段は700円。ココの入る大切な大切な物が、たったの700円で買えてしまうのになんだか切なくなった*。

 

その後ボクは一旦、自宅に帰りました。

3日ぶりに帰る我が家は暗くて、寒くて、とても寂しかった。

迎え入れるべき家族がいなくなったことを知っているかのように、家じゅうのものが重く沈んで見えた。

もちろん、用意していたココの部屋に入る気にはなりませんでした。

 

シャワーを浴びて服を着替え、もう少し続くことになった入院に必要な物をカバンにつめました。少し迷って、ボクはしまい込んであった一眼レフカメラも持っていくことにしました。それはボクたちが新婚旅行のために奮発して買った大切なカメラでした。

 

荷物を詰め終わると、ボクは急いで病院に戻りました。

奥さんは手術後の貧血で青白い顔をしてはいたけど、落ち着いた口調でボクにお礼をいってくれました。

 

そしてボクはお葬式の日取りを家族たちに連絡しました。

奥さんとも相談して、お葬式には喪服ではなく平服で来てもらうことにしました。みんなが真っ黒な服装で悲しい顔してたらココが怖がるんじゃないかと思った。ココと遊んでやる時の服装で、とお願いしました。

めいっぱいオシャレしていくからね!という義姉の返信が気が利いていて、その時とてもうれしかったのを覚えています。

 

*もし同じような経験をされる方がいれば、サイズ選びにも苦労されると思います。40週、2700グラムの娘の場合は、直径10cmほどの「3寸」サイズといわれる大きさでちょうど全てのお骨が入りました。よろしければご参考ください。

 

 



 

 「18.グリーフケア」へつづく


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