15.甘い匂い

 

「ねぇ、ココはどんな匂いがしたのかな?」

ベッドに横になりながら、奥さんが言いました。

「赤ちゃんの匂いだろうね。おっぱいと、ベビーパウダーの匂い」

「赤ちゃんの匂いの香水ってないのかな?枕もとでその匂いがしたら、ココを近くに感じられると思うの」

 

きっとボクが思っているよりずっと寂しいんだろう。病室は4人部屋で他のベッドにも患者さんはいたけど、ほとんど会話はない。忙しそうな先生や助産師さんに、なかなか心を開いた話はできない。ボクが面会できる時間は1日ほんの1時間ほどだ。一人考える時間だけがたっぷりとあって、いいことを考えようとしても悪い考えが邪魔をする。べべは相変わらず元気だけど、それでも不安は募る(ココだって最後まで元気だったんだから)。そして不安になるほど、ココが恋しくなる。

 

2人でネット検索して、「ベビーパウダーのような香り」と評判の香水を見つけました。信頼できるブランドのもので、ボトルもおもちゃみたいなポップな配色で可愛かった。

 

注文して届いた香水をココウサギと、奥さんの枕元に吹きかけました。甘い甘い女の子の匂い。ボクたちが想像する、ココの匂いでした。

 

「いい匂い。今夜はぐっすり眠れそう」

 

奥さんも安心した表情で喜んでいました。

 

 

昔聞いた話だけど、匂いに対しての好き嫌いというものは匂いそのものではなく、その匂いから想起されるものの好き嫌いによって決まるんだそうだ。天日干しした布団の匂いが好きなのは、天日干しした布団がふかふかで気持ちいいという記憶と結びつくから、ということらしい。

 

ボクの記憶の中に、ココの匂いというのは実はない。実際のココはほとんど何の匂いもしなかったと思う(お風呂でしたうんちはしっかり臭かったけど)。だからこのベビーパウダーの香水がココの匂いだと思うのは、もちろんボクたちの勝手な想像に過ぎない。そして勝手な想像のココは、よちよち歩いて、にっこり笑って、いい匂いをさせながらボクたちに向かって手を伸ばしてくれている。

 

ココはボクたちの中で、今もちゃんと生きている。甘い匂いが、そう教えてくれていました。

 

 

 

MRI」へつづく