休みは休む

 

昔見たテレビ番組で、学者たちがタレントの悩み相談に答えるという企画があって、その中である女性タレントの「休日に何をすればよいかわからない」という悩みに対して、学者が「休みなんだから休めばよいではないか」と答えていて、なるほどと思ったことがある。

 

たしかにボクも休日になると、さて何をしようかと考える。「平日にできない何か」をしなければならない気になり、実際何もしなかった日はもったいないというか、下手すると罪悪感のようなものを感じてしまうとすらある。一日ボーっと過ごすことだって、十分「平日にできない何か」であるはずなのに。

 

自己分析してみると、たぶん知らない間に植え付けられた、ある種の向上心みたいなものなんだろう。生活が良くなるような、人生が良くなるような何かに時間を使わなければいけない。貴重な休日はそのためにある。だから休んでなんかいられない。でも本当にそうだろうか?

 

 

SNSなどで、たくさんの天使ママパパさんがこう発信されます。

 

「前向きにならないと」

「もっと強くならないと」

 

待ち望んでいた未来を失って、それでも前向きになれる人なんてどれだけいるんだろう?

それでも耐えられるほど強い人なんてどれだけいるんだろう(そもそもそれは「強さ」なのだろうか)?

 

打ちひしがれて、傷ついて。だったら思いっきり休めばいいと思います。それが前向きか後ろ向きかなんて考える必要ありません。そんなの前向きに決まっています。ボーっとしていても、何もできなくても、その時間分だけ日日薬(ひにちぐすり)が傷を治してくれていると思えば、その時間にだってちゃんと意味があります。涙が止まらなくなることにも、ちゃんと意味があります。

 

そうして十分に休んで、思ったよりもっと長い時間休んで、何かしたくなったらまた始めればいい。その時にはほっといたって、前よりもずっと強くなっていると思うのです。

 

 

 

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