朝、クローゼットの前で少し悩む。
こんな日は、いったい何を着て行ったらいいんだろう?初めて自分の息子と対面する日に。まさかスーツというわけにもいくまい。結局、一番お気に入りのシャツを着ていくことにした。
病院に着くと、奥さんは手術用の服に着替えて、最後の点滴を受けていた。よく眠れたみたいで、思ったよりずっとリラックスした様子。いろんな人たちの励ましのお陰だろうな。
なじみの助産師さんが病室に迎えに来る。手術室に向かうエレベータに乗りながら説明をうける。順調にいけば1時間ほどで、先に赤ちゃんだけ戻ってくるらしい。奥さんは傷の処置があるのでさらに1時間後くらい。手術には小児科の先生も一緒に入ってくれることになったと聞いて、安心がさらに深まる。もうここまできたら絶対大丈夫ですから。助産師さんの言葉も心強い。
今までで一番大きなおなかで、にっこり手を振りながら、奥さんは手術室に入っていった。
エレベータ横の、いつもの待合で待つ。ここまで来ても、不安がなくなることは無い。今この瞬間、手術室でどんなことが起こっていたとしてもボクにはわからない。
ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。気を落ち着かせる瞑想の呼吸をやってみるけど、粗い鼓動とのバランスがとれずにおさまりが悪い。
時間の感覚はあまりなかった。
そして…
ここ村さん、今手術室から連絡ありました!元気な男の子ですよ!
ふーっと大きく息を吐く。
よかった。
ほんとうに、よかった。
エレベータのドアが開く。
笑顔の助産師さんが押す保育器の中には、胎脂でまっしろな赤ちゃん。
その子がはじめて見る自分の父親は、涙でぐちゃぐちゃの、なんとも不細工な顔をしていました。
流産・死産のあとに産まれた子供のことを「虹のこども(レインボーベビー)」というらしい。
雨がふって、虹がでる。
急に通り雨でも降ってくれば、もしかしたらあの子たちが会いに来たのかなんて思ったかもしれないけど、現実はそうドラマチックにできてない。
平凡で、ありきたりに晴れた空。
でも、それでよかった。
それがよかった。
ダイチと、
ココと、
べべ。
理系男子のボクと奥さんと、
3人の子どもたちのはなしです。
最終回「エピローグ」へ続く
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