ばらばら

  その日が月誕生日なのを、ボクは完全に忘れていた。しかも気づいたのは2日も経ってからだった。最近はぬいぐるみを連れ出すことや、お仏壇におはようを言うことも、時々忘れるようになっている。   ときどき…

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お盆、その2

  去年のお盆には、こんな記事を書いた。     「お盆には亡くなった人が帰ってくる、なんていうもんだから少しは期待したけど、やっぱり何もなかった」 という内容のブログを書こうと思っていたそ…

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マイホーム

  増税前の影響だろうか。同僚の間で、マイホームの建設ラッシュが起こっている。   新婚ホヤホヤのある後輩は、どうしても2階に6畳の個室を二つ作りたいらしい。理由は「子どもが2人は欲しいから」。 &n…

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夫の気持ち

    やまもとりえ 「ねこでよければ」第8回 (画像はHPより借用)   SNSを通じて知ったこの漫画のストーリーは、流産死産後の夫の気持ちを、とてもとてもうまく描き表していると思う(作者…

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次の子を望むこと

  ココがいなくなってから約一年後。また不妊治療を再開したときのボクたちが考えていたのは、ココの代わりを探すことでも、ココが帰ってくると期待することでもなかった。ただごく自然に、たぶん生きている子の親が思うのと…

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光る星

  あるとき人前で、ボクにとってのココは、ココの記憶は動かない北極星のようなものだという話*をした。回り続ける天体の中でそこだけは常に、これからもずっと、時間が止まったままなのだと。   するとそれを…

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死にたい

  ココがいなくなってしばらくは、「死にたい」とまでは言わなくても、それもいいかな程度には思っていた。ココに会えるならそれもいいかな程度には*。   でも今はそうは思わない。だってボクの生活の中に、人…

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悲しみはそこから「次へ進む」ものではなく、共に歩んでいくもの

    もし死産や流産を経験したあなたが、 笑ったり、嬉しくなったり、また次の幸せを望むことに違和感や罪悪感を感じたりすることがあったら、 ぜひこの動画を見て欲しいです。   作家ノラ・マキ…

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籠のクーファン

  籠のクーファンを抱えて産院から出てくる彼の姿を見たのは、ココがいなくなって1ヶ月ほど経ってからのことだった。   彼は同じ職場の同僚で、ボクより10歳も若いけれど話の合う、面白くていい奴だった。食…

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歩く道

  ココがいなくなった悲しみを「乗り越えた」と思ったことは一度もない。上り坂がピークを超えて下り坂になった感覚は、今もない。そんなこと、多分これからも思わないような気がする。   それでも少しずつ心穏…

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