竹内正人先生のこと

 

ボクがあの子を亡くして間もないころに、産婦人科医の竹内正人先生のHPに出会ったことは大変大きなことでした。

 

 

亡くなった赤ちゃんはどんな子でも、すごく幸せそうな表情で産まれてきてくれる。これは、産科医をしている私にとって大きな驚きでした。短い時間でも精一杯、生き抜いたから、こんなにいい表情で死んでゆけるんではないか・・・

そう感じるようになってから、「死」に対する意識、お母さんと、子どもへの姿勢がかわってきました。生きて産まれてくることはできなかったけれども、その子が来てくれたことにはきっと意味があるのだろう。そう感じとれることで、来てくれた命に素直に祝福できる気持ちを持てるようになりました。

誕生死について考える

 

 

あの子も苦しそうな顔なんてしてなかった。穏やかな、眠っているような顔だった。

せめて安らかに最期を迎えたと思えること、それはボクたちにとって大きな救いでした。

もしからしたらあの子は、自分にとても悲しいことが起こったなんて気づきもしないで、今もニコニコとボクたちの周りを飛び続けているのかもしれないなんてことすら思うようになりました。

 

そして先生は講演や著書の中で、「物語」という言葉をよく使われます。

 

結果ではなく、プロセス。

どう生きてきたか。

どうパートナーと出会い、過ごしたか。

その子が、どうお腹にやって来てくれたか。

どう幸せをかみしめたか。どう悲しみを表現したか。

どう助けてもらって、どう感じて、どう感謝したか。

どんな意味付けを考えたか。

 

そんなことのつながりが、ボクや奥さんにとっての「物語」になっている。

 

 

講演録によると、2000年くらいまで流産死産に対するグリーフケアなんて概念はなかったし、亡くなって産まれてきた子は人として扱われなかったし、不幸な誕生はただただ忘れ去るべきものだった。

もし今でもそうだったら。ボクたちの「物語」はもっと暗く、もっと重く、もっと悲しいものになっていたに違いない。

 

竹内先生はそうした状況を少しずつ変えていってくれた先生らしい。もちろん直接お会いしたことも無いけど、ボクはこの先生にすごく感謝しているし、この先生の文章を読んで考えたことがこのブログの基本になっている(そしてこのブログこそがボクの物語そのものだ)。

 

 

物語を紡ぐことができるようになれば、どんな状況でもまた開けてゆけると、僕自身は信じています。

大東文化大学教育学部 講演録

 

 

とても有名な先生なのですでにご存じの方も多いだろうけど、そうでない方はぜひHPや著作を読んで欲しいと思います。きっと自分の「物語」(誰もが持っているでしょう)が、今よりもっと価値があって、自分にとって亡くなった子にとって、かけがえのないものであることに気付くようになると思います。

 

 

竹内正人先生のOfficial HPはこちら↓

 

<追記>

竹内先生が作成されたという天使パパのための動画を見つけましたのでご紹介しておきます。2011年の父の日のために作成された動画のようです。まるで自分を見ているような気になりました。

 

 

 

 

次回は「果実のない木~アフリカの不妊事情」です